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和歌山地方裁判所 昭和33年(わ)304号 判決 1959年2月27日

被告人 黒田盛男

主文

被告人を懲役参年に処する。

但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

領置にかかる十能(証第一号)及び同十能の柄(証第二号)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は昭和二十一年妻栄子(本件当時満三十九才)と結婚し、同女との間に男児一人(満十才)をもうけ、父親と共に和歌山市中之島二九二番地に居住し、石油類販売業とたばこ小売商を営み、平和な家庭生活を送つて居たものなるところ、昭和三十三年十月下旬頃から妻栄子の行動に疑惑を持ち始め、同年十一月四日夜密かに同女の跡をつけ、その行先を探つたところ、同女が同市中之島紀和町所在水月旅館に入つているのをつきとめ、やがて同女が一人の男と同旅館より出て来るのを現認したので、直ちに男を追尾したが、見失つたため帰宅し、同夜栄子を問責した結果遂に同女が、和歌山市四ヶ郷出張所長土橋吉夫(当時五十三才)と、同年十月十五、六日頃、同月二十五、六日頃および十一月四日の三回にわたり右水月旅館で姦通した旨を白状したので、突然の不祥事に際会し、一度に谷底に突き落された心地がし、翌五日朝まで怒りかつ悲しんだが、父や子のことを考え家庭の平和のため、栄子の兄に右土橋と折衝せしめ、同人をして以後絶対に被告人方の前を通らせぬことにして妻の不義を宥恕しようと決心し、翌十一月五日起床後当日は勘定日であつたので、仕事に励み不愉快な事件を忘れようと思い、朝八時半頃集金に行くべく、スクーターに乗り家を出たところ、折悪しく前方から土橋吉夫が自転車に乗り来かかるのが見えたので、同人と顔を合せることを嫌い、一旦家に帰り、同人が通り過ぎるのを待ち、しばらくして既に通り過ぎた頃かと道路をのぞいて見たところ、意外にも同人が被告人方のたばこ小売の店舗内へはいりかけるところで、同人の顔がガラス戸越しに大写しに見えたので、妻を奪われた屈辱の思いが一時に被告人を激怒させ、それまでの忍耐心を失つてやにわに、側にあつた十能(証第一、二号)を右手に取るや否や右土橋の許に近づき右十能を以て同人の頭部を一回強打し、因つて同人をして同月十六日午前四時四十九分頃、和歌山市有本六三番地井上医院において頭蓋骨々折による大脳損傷に伴う肺水腫の併発により死亡するに至らしめたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

法律に照らすに、被告人の判示所為は刑法第二百五条第一項に該当するから、所定刑期範囲内において被告人を懲役三年に処するが、その情状を考察すると、現在我が国において姦通罪は廃止されているけれども、人妻と姦通することはその夫に対し重大な侮辱を与えその夫権を侵害し、その上その一家を破滅に導くか如きことがありその責任は誠に重大なものがあると言わねばならない。殊に本件の被害者土橋吉夫は身分は地方公務員にして、和歌山市四ヶ郷出張所長の職にあり、その区域内の住民の妻と通じたものであり、これ又軽視できないものがあると思われる。被告人は性温順にして朴訥な一商業人であるが、一朝にして妻の姦通なる不祥事に遭遇し、犯行の前夜右の事実を知り悲歎と憤激のうちにその一夜を過ごし、然し家族のこと、家のこと、世間態等を考え軽挙を押さえ、自重することに決していた矢先偶々姦夫土橋吉夫が不用意かつ大胆にも被告人方たばこ小売商の店頭に現われたので、仇敵の如きものを目前にして押さえていた生々しき憤激の情が一時に勃発し本件の犯行に及んだものであり、なお本件犯行の一週間後被告人の妻は入水自殺を遂げ、家庭は悲惨な状況に陥つており、以上犯罪の動機、被告人の心情、犯罪後の状況に憫諒すべきものがあり、一方被害者土橋吉夫の家族においてもたとえ行いを過つた人とは言え、その夫、その父を失い悲んでいることは察せられるけれども、前記の各情状を考慮するとき、被告人を実刑に処するのは過酷と思料されるので、刑法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、領置にかかる十能(証第一号)および十能の柄(証第二号)は何れも犯罪行為に供し、被告人以外の者に属しないので、同法第十九条第一項第二号第二項を適用して、これらを没収し訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田勝三 尾鼻輝次 古田時博)

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